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ホームJOIプログラムとは?コーディネーターリスト第15期

第15期 コーディネーターの活動報告

大杉 治英 Haruhide Osugi
第15期 ケント/ケント州立大学
オハイオ州
大学卒業後、都内にて会計分野のシステムエンジニアと して勤務。その後、青年海外協力隊として、中米ベリー ズの小学校、中学校で活動。ICT 教育のカリキュラム作 成と授業実施。子どもたちの知見を広めるため、異文化 理解の授業を実施し、その楽しさと重要性を実感。培っ た経験を伸ばし、より深いアプローチを実践するために JOI プログラムに応募。

ケントで出会えたありがとうの絆

ケントから帰国する日が迫り、オフィスの片付け、荷物の整理を終えました。日本に送る荷物の中は頂いた、たくさんの手紙やプレゼントで溢れていました。この大切な贈り物を眺めながら、2年間の充実した日々を思い出しました。JOIでの経験、ここで培った人との繋がりは私にとって人生の宝物です。

日本を出発するまでは、「オハイオ州のケントってどんなところだろう?」「日本をよりよく知ってもらうために自分は何ができるのだろう?」と溢れる好奇心と不安でいっぱいでした。出発前にスーパーバイザーの方々と現地の生活について連絡を取ったのも懐かしい思い出です。

アメリカ到着後のシカゴでの研修の際に、これから2年間お世話になるジュディ先生にお会いし、今後のJOI活動の展望やケントでの生活の不安を解消できました。また先輩の方々とお会いでき、どの方もすごく輝いていて、アメリカでの生活にも慣れており、凄く頼もしく感じたのを覚えています。その後も、仲良くしていただき、何事も柔軟にとらえる姿勢について学ばせていただきました。

初めてのアウトリーチは地元図書館のポケモンクラブでのプレゼンテーションでした。ポケモン折り紙を披露したのですが、ポケモンに対する子どもたちのエネルギーが凄くて、日本の子どもたちと共通点もあるものだなと感じました。ケント近郊の公立図書館には必ずといっていいほど、ポケモンクラブかアニメクラブがあります。日本のソフトコンテンツがここまで普及しており、熱狂的なファンがいることは、大きな気づきになりました。

この2年間でJOIの活動を通じて、様々な場所を訪れられたことも大きな経験でした。元々アメリカの教育環境とボランティア活動に興味があり、ぜひ見てみたいと思っていました。小学校、中学校、高校、大学、コミュニティカレッジ、日本語補習校、図書館、美術館、教会、ガールズスカウト、仏教センター、日系企業、地元のマーケット、フェスティバル、サマーキャンプ、ライオンズクラブ、教育省等々、普段の生活では中々行けない場所へも足を運ぶことができました。

いくつか印象に残っている活動をあげてみます。アメリカには季節労働者がおり、その子どもたちが学ぶ機会を提供するために活動されている教授から依頼を受け、日本の食文化と書道についてプレゼンテーションを行いました。そこには、自らも移民で奨学金を得て、先生を目指している大学生ボランティアの方々がいました。

またケント州立大学では、Upward Boundプログラムを提供しており、その中で日本語のサマーコースを2年間お手伝いしていました。このプログラムは、低所得者層や家庭環境の恵まれない高校生、またはファーストジェネレーション(両親が大学を卒業しておらずその家で初の大卒者)となる高校生に大学機関で学ぶ機会を提供するものです。講師の大学院生と共に活動する中で、生徒の学ぶ気持ちの純粋さや日本に対する好奇心を素直にぶつけてくる高校生の熱量に私も力をもらいました。ここで学んだ生徒たちがどこかで日本と繋がりを持ってくれること、また今後もこの活動が続けられていくことを期待しています。

JOIの活動は、無限大でその可能性を伸ばすのはコーディネーター次第だと思います。自分が思い描いた部分を100%できなかった点もあり、JOIとしてもっとできたのではないかと思う部分もあります。逆に、自分ではできないことが、ケントで人に会い、助けられて実現したことも多数あります。そして、それぞれの訪問先で色々なドラマがあったことが鮮明に思い出せます。JOIの活動に興味を持って、コミュニティ活動にやりがいを見つけてくれた学生ボランティアの子たち、再訪した中学校の食堂で私の名前を合唱してくれた子たち、いつも訪問すると図書館の窓から手を振って待ってくれていた子どもたち、最後のアウトリーチ活動を送迎会パーティーでサプライズしてくれたギャレッツビルの人たち、その他大勢の人たちと出会えたことが最も大きな財産です。

一番よく訪問した図書館で、地元の人から別れ際に、「これまで日本のことを色々教えてくれてありがとう。君のパーソナリティー、ユーモアに惹かれて人はいつも集まっていたのだよ。だから私たちは日本に興味を持つことができたし、好きになった。」と言っていただきました。自分を通して、日本が見られているはずだから恥ずかしい格好だけはしないようにと心掛けた2年でようやくその役目を少しは果たせたかなと胸をなでおろし、感動してしまいました。最後に、スーパーバイザーとして陰で支えて、2 年間共に歩んでくださったジュディ先生、恵里子先生に心から感謝いたします。このチームを離れてしまうことは本当に寂しく思いますが、今後の益々の発展を切に願っております。

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村田 彩 Aya Murata
第15期 コンウェイ/ヘンドリックス・カレッジ
アーカンソー州
小学校で初めてオーストラリアへのホームステイを経 験。大学では異文化コミュニケーションを専攻し、留学や 国際交流活動を通し文化・宗教を越えた交流の大切さを 学ぶ。卒業後、都内のホテルで勤務し世界中のゲストを 迎え日本文化を発信する中で、さらに自分が日本と世界 の架け橋になりたいと思い JOI への応募を決意。

「草の根」コーディネーターである意味

私が参加した日米草の根交流プログラムですが、そもそもこの「草の根」とは何なのでしょうか。この答えは、実際に米国アーカンソー州で2年間を過ごすことでやっと見えてきたように感じます。私にとって、「草の根」とは、その地域に住む人々と同じ空気を吸い、似たようなものを食し、そして、一緒に喜びや苦労を共有することで生まれる関係性だと思います。私が2年間常に意識していたことは、一方的に日本について語るのではなく、現地の人々が日本の何について興味があり知りたいと思っているのかを理解し、何を伝えることで一日本人としてリアルな日本を紹介できるのかということでした。また、逆にリアルなアメリカを知ることも、私の大きな目標の一つでした。

アーカンソー州は米国南部に位置し、とてもフレンドリーで心の温かい方が多く、よく道端で知らない人とも会話を楽しむことがありました。ヘンドリックス大学では、アメリカ人の大学生約10人と共に、「日本語ハウス」のディレクターとして2年間共同生活をしました。

日本語ハウスでは、日本料理作り、日常会話練習、季節ごとのイベントなど、様々なアクティビティを行いました。一番の思い出は、2年間に渡り行った「ソーラン節」チームとの活動です。約3か月間、夜遅くまで学生にダンス指導をし、その後、大学内や地域の図書館・イベントで披露しました。約300人の前で踊った最後の発表では、「日本の踊りの迫力に圧倒された!」と多くの方々から賞賛の声を頂きました。学生たちと多くの時間を共有することで、仕事の域を超えて絆を深めることができたのが最大の喜びです。日本語ハウスのメンバーから、すでに留学や仕事のため日本に来ている学生が数名、さらに来年以降日本に来る予定の学生が5人以上いるなど、今までは日本に来るのは遠い夢のように思っていた彼らが、私との関わりを通し、少しでも日本を身近に感じてくれたのであれば嬉しく思います。

また、アーカンソー州の学校や図書館、シニアセンターなどを訪問し日本を紹介することで、2年間で約1万2千人の方々に出会うことができました。紹介するトピックも様々、書道、茶道、剣道、俳句、アート、餅つき、着付け、ダンス、折り紙、季節のイベント、学校生活、日本語指導など、対象者の興味の幅に合わせて英語で紹介できるよう勉強も欠かせませんでした。アーカンソー州に住む日本人の方々との交流も広がり、各人の得意分野でお手伝いいただけるなど、自分一人ではできないようなことも周りの協力があり、乗り越えることができました。このようなネットワークを活かし、2年目の春に開催したアーカンソー州初の日本祭りでは、アーカンソー州の4大学と日本人コミュニティと連携し、約400人が参加するイベントを成功させることができました。手作りのお好み焼きや焼きそばを提供したり、ヨーヨーすくいや盆踊りを行うなど、日本のお祭り文化を参加者の方々に体験していただけました。私が学校訪問で訪れた子どもたちや同僚のご家族、4大学から集まった世界各国の大学生など、当日は歩く隙間もないほど会場は人で埋め尽くされました。ある同僚の中学生の娘さんから、「お祭りの時に初めて自分で書いた書道の作品と、描いてもらったアニメスタイルの似顔絵は私の宝物」と聞いたときは、本当に涙が出るほど嬉しかったです。このイベントを通し、新たに大学の枠を超えたネットワークも生まれ、来年以降も続けて開催したいという関係者の熱い声もあり、ゼロから始めたことが今後の日米交流のきっかけになると思うと感慨深いものがあります。

コーディネーターとして日々忙しく活動する傍ら、知り合いのご自宅でパーティーをしたり、全米30州を旅行したりと、アメリカの様々な姿を見ることもいい勉強になりました。特に、スーパーバイザーのご家族には家族の一員のように休日や休暇を一緒に過ごさせてもらうなど、2年前には全く知らなかったアーカンソーの地が、ホームと呼べる場所に変わっていました。アメリカで長期間生活するという経験は、日本を一歩離れた視点から見ることができ、またアメリカの方々が日本の何を知りたいのか直で見聞きできるとても貴重な体験でした。一方、日本人率の少ないアーカンソー州では、日本にいては経験することのないマイノリティの立場で生活することで、社会における様々な立場の人を理解する視点を持つことができるようになったと思います。今後はこれらの経験を活かし、日本にいる外国人の方々を含め、日本と他の国の人々の橋渡しとなれるような人間になりたいです。

2年間にわたり活動を支えて下さったヘンドリックス大学の皆様、国際交流基金、ローラシアン協会のスタッフの皆様、そして家族や友人に感謝の意を表したいです。本当にどうもありがとうございました。

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山本 亜衣理 Airi Yamamoto
第15期 マーレイ/マーレイ州立大学
ケンタッキー州
大学・大学院で教育学を専攻。小学校外国語活動を研 究、院生時にカナダとオーストラリアへ留学。高校教諭 (英語科)・小学校教諭を経験し、日本とアメリカの教育 現場の橋渡しとなりたいと考え JOI に応募。本やメディア だけでは学ぶことのできない生きた日本文化を体験的な 活動を通して伝えることを目指す。

JOIでしかできない経験

私はケンタッキー州マレー市のマレー州立大学に2年間派遣されました。新たなことにチャレンジしたい、JOIプログラムで自分の知識と経験を生かし自分も多くを学びたいと思い応募に至りました。マレーはケンタッキー州南西部に位置する人口1万8千人ほどの小さなカレッジタウンです。マレーに派遣された年の8月、初めてのアメリカ生活への緊張と不安、少しの孤独感と大きな希望を胸にいただいていたのを今でも鮮明に覚えています。それまで海外に住んだ経験はあったものの、様々な人種の人たちが住む地域にしか住んだことがなかったので、アジア人の自分がマイノリティになったのは初めてでした。

到着から2日後、初めての食材の買い物に行きレジで会計をしようとすると前日に作ったばかりの銀行のカードが使えません。南部訛りの店員さんの英語は何と言っているかわからないし、何度もカードでの支払いを試みているうちに私の後ろには長蛇の列ができました。私はとても動揺してしまい、商品をキャンセルしようとしたところ、私の後ろにいた女性が突然自分のカードをスワイプしました。私は何が起こっているかわからず、女性と店員さんに自分の手持ちの現金が数ドルしかないことを伝えました。すると女性は“Just have a nice day.”とだけ私に言いました。見ず知らずの外国人の70ドル分の買い物を支払ってくれた女性。私は驚きと恥ずかしさとでとても動揺し、涙を必死にこらえながら繰り返しお礼を言うことしかできませんでした。後で落ち着いてから、名前を聞いておけばお礼ができたのにと2年間ずっと思っていました。そしてこれは「もしここが日本で自分があの女性なら、見ず知らずの外国人に同じことができたか」と考えさせられる経験でした。アメリカでの生活は困難の連続で日本では簡単にできた生活の一つひとつにつまずき、その度に周りの人たちの温かさを感じました。マイノリティになったからこそ気がついた人の温かさ。自分のアウトリーチでこの地域に恩返しがしたいと言う気持ちから私のJOIは始まりました。

私の活動は「日本を体感してもらう」を大切なテーマとして行ってきました。異文化に触れる機会が少ない地域ですが、生きた日本文化を五感で感じてもらい、地図では遠い日本を身近に感じてもらうことを目標に活動を企画しました。またどのイベントも出来るだけ「無料」で提供するように努力しました。マレーは決して裕福な町ではないため誰もが参加できるようにするために大学、公立図書館、地元企業などに相談して費用をやりくりしました。

地域の子どもたちには、日本文化を学ぶことを通じて広い視野を得て欲しいと思い町の無料イベントとして、世界中の文化を学べるインターナショナル・カイト・フェスティバルを開催しました。紙凧作りブースの他に世界各国からの留学生に協力してもらい各国の文化体験ブースを用意しました。イベントは大成功を収め200人以上の子どもたちとその保護者の方々に来てもらい、たくさんの良いフィードバックをいただき、やりがいを感じました。

私の一番好きだった活動は、大学の施設を借りて月に2回行っていた日本料理クラブです。言語以外のツールで文化交流ができないかと考えこのクラブを作りました。日本人留学生に手伝ってもらい、学生や地元の人も一緒に日本食を作りました。作る過程から一緒にやることによって、より文化を知ることができ参加者の仲も深まったように感じました。参加者からは「どれも初めて見る食べ物だけど、どれも美味しかった」と言ってもらえました。

またJOIコーディネーターという立場があったからこそ派遣先の大学だけにとどまらず、地域のコミュニティとの関わりを強く作ることができました。コーディネーターとして積極的に地域に入り込んでいくことで地元の人の普段の生活と文化を知り体験できたことが一番面白かったです。また活動の中でも、参加者からアメリカの文化を多く学びました。参加者の言葉一つひとつから、アメリカのケンタッキー州のマレーという小さな町の、生きた文化に触れることができたことは、本当に貴重な体験だったと思います。2年過ごすうちに家族のように接してくれる家族ができ、今ではマレーが第二の故郷のように感じています。

JOIの活動では、日本を紹介するにあたって自分でも勉強しなければならないことが沢山ありました。その過程で日本の良さを再発見し新しく多くのことを学びました。更に日本とアメリカの文化を比較しその違いにも深く興味を持つようになりました。日本にいる時よりも日本文化を意識する機会を与えられたこと、この2年間日本を離れたことによって、日本の外から日本を見つめることができました。日本の素晴らしさを再認識することができたと思います。私にとって、かけがえのない2年間でした。

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