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第18期 コーディネーターの活動報告

島田 優美 Yumi Shimada
第18期 チャタヌーガ/テネシー大学 チャタヌーガ校
テネシー州
4歳から8歳まで米国で過ごしたことをきっかけに言語や異文化理解、国際交流に興味を持つ。大学時代にはオーストラリアでのワーキングホリデーやスペイン留学を経験し、自分のアイデンティティを確立。日本文化や日本のことを世界に発信したいと考え、“日本語パートナーズ”としてインドネシアで活動後、日米の架け橋になりたいと思い、JOIに応募。

波乱の2年間

2019年夏、アトランタでの研修を終え、たくさんのワクワクとドキドキを抱えて、スーパーバイザーとともにホストサイトであるテネシー州チャタヌーガに車で向かったのを今でも鮮明に覚えています。
チャタヌーガはアトランタから車で約2 時間のところに位置する「南部の絶景の中心地」と呼ばれる中都市で、自然豊かな美しいところです。私はここでたくさんの人と出会い、支えられ、JOIコーディネーターとしての2 年間の任期を無事に終えることができました。
派遣されてから約半年後に新型コロナ・ウイルスが世界中で猛威を振るい、パンデミックの真っ只中での活動となってしまいましたが、想像をはるかに超える貴重な経験となりました。2年間のJOIの活動を振り返り、特に印象に残っている活動をいくつか紹介したいと思います。

まず私は派遣されてまもなく、Park(ing)­ Dayという屋外イベントに参加し、日本文化の 展示、お箸チャレンジ、折り紙などを行いました。平日の昼間にもかかわらず、たくさんの人がブースに立ち寄ってくれたのを覚えています。
地域の中学生の団体が「お箸使えるよ!こんなの簡単だよ!」と言いながら、お箸チャレンジに苦戦していたのも印象に残っています。また、私は後にディスカバリーミュージアムとパートナーシップを結び活動することになりますが、ミュージアムの責任者との出会いもこのイベントでした。JOIとして初めてのアクティビティは、良い出会いとボランティアで集まってくれた学生との絆を深めてくれました。

JOI一年目の活動の中で最も成功したのは、2020年2月にチャタヌーガの映画館で開催したイベントです。在ナッシュビル日本国総領事館と協力して日本の映画「杉原千畝物語」を上映しました。この映画は、何千人ものユダヤ人を救うためにキャリアを危険にさらした日本人の外交官の実話です。
私のホストファミリーがユダヤ人家族だったということもあり、チャタヌーガのコミュニティでこの映画を紹介したいと考えました。

映画上映の前には、「杉原サバイバー」の娘であるSonia Milrod氏をゲストスピーカーとして招き、彼女の貴重な家族の話を聞くことができました。
また、当時着任したばかりの福嶌香代子総領事にもスピーチをしていただき、とても有意義なイベントとなりました。約70 名の方にご来場いただき、実施したアンケートでは、「映画を通して日本の歴史について学びました。」「日本のことをもっと知りたいです。」など、多くの好評をいただきました。
新型コロナ・ウイルスがアメリカで広まり始めた3 月中旬からは、予定してあった対面で行うイベントはすべて中止となり、オンラインでの活動に切り替わりました。最初は在宅勤務という新しい状況に慣れるのが大変でしたが、Zoomを利用したオンラインイベントや日本語学習用の動画作成など、柔軟に対応しました。

2020年8月に開催した2週間に渡るオンラインイベントでは、日本の文化、教育、ビジネス、食、祭り、ポップカルチャー、旅行、言語など、さまざまなトピックを取り上げ、合計209 名の方にご参加いただきました。チャタヌーガ地域だけでなく、他の州、さらにはインドネシアからも参加者がいました。参加者からは「日本とアメリカの対比は非常に興味深いものでした。」「日本文化を学ぶのはとても面白かったです。いつか訪れたいと思っています。」などの感想をいただきました。
活動がオンラインになったことで地域の枠を超えて、より多くの人に日本文化を伝えることができるようになったのはメリットだと感じました。また普段のオンラインイベントに加えて、さらに日本への関心を深めてほしいという思いから、「Learn and Train with Samurai in Tokyo」と「Try Drawing Manga Illustration with a Pro .」という2つのAirbnb experienceを大学の職員と学生を対象に共催しました。Airbnb experience では、様々な人がそれぞれの才能を生かしたプログラムを提供しています。オンラインでプロから学ぶことができる素晴らしいサービスで、私自身も含めて、侍についてや漫画の描き方についての知識を得ることができ、とても良い経験になりました。
最後のイベントとして、地元チャタヌーガのお店である’’I Go Tokyo”と共同で、日本の夏祭りを開催しました。このイベントでは、日本の祭り でお馴染みの焼きそばやたこ焼き、ヨーヨー釣りや金魚すくい、盆踊りなど、日本の伝統的な夏祭りをチャタヌーガで再現することができました。計画期間が短かったにもかかわらず、多くの人のサポートと力量で大成功を収めることができました。

私の2年間では、スーパーバイザーが2回変わり、ホストファミリーも2 回変わり、パンデミック、一時帰国、再渡米など本当に盛りだくさんでしたが、どれも自分が成長できる経験でした。
最後に、2年間にわたり活動を支えて下さった、テネシー大学チャタヌーガ校の皆様、周辺地域の皆様、そしてコロナ禍にもかかわらず、プログラム存続のために奮闘していただいた国際交流基金、ローラシアン協会のスタッフの皆様に感謝の意を表したいです。そしてプログラムの更なる発展を願っております。

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新明 桐香 Kirika Shimmei
第18期 アバディーン/ノーザン州立大学
サウスダコタ州
立命館アジア太平洋大学に在学し、国際的な環境で大学4年間を過ごす。在学中に米国でエクスターンシップを経験し、卒業後、 2年間の米国留学を経験。大学で異文化を持つ人々と生活し異文化理解を深めた経験を生かし、米国で日本文化を広める活動をしたいと思い、JOIプログラムに応募。

サウスダコタ州での2年間

JOIコーディネーターとして初のサウスダコタ州(ノーザン州立大学、アバディーン)に派遣されました。不安と期待を持ちながら出発日を迎えたことを今でも鮮明に覚えています。
活動の半分以上をパンデミックによってオンラインで行うことになりましたが、そんな中でもアウトリーチの機会を与えてくださった学校の先生方、地域団体の方々、日本からの活動に切り替わった時に手伝ってくれたスーパーバイザー、同僚には感謝の気持ちでいっぱいです。

JOI参加前にアメリカでの留学経験があったので現地での生活にあまり不安はありませんでしたが、中西部には初めて足を踏み入れました。10月初旬に雪が降ったり、自宅のドアが寒すぎて内側から凍った時など、極寒の冬には驚きました。 また、人生のほとんどを東京で過こしてきたこともあり、マウントラッシュモアがあるラピッドシティーを訪れた際は、アメリカの大自然に圧倒されました。
カスター州立公園でバッファローの群れに囲まれたり、バッドランズ国立公園で夕日を見たときは感動して涙が自然と流れました。JOIの活動だけでなく、新しいアメリカを見られたことは私の人生において忘れられない経験です。

サウスダコタ州では日本文化に触れる機会は極端に少なく、自分が日本の代表として日本文化を伝える仕事にとても大きな責任があったことと、コネクション作りなどゼロからスタートに多くの不安がありましたが、スーパーバイザーや多くの先生たち、地域の皆さんのおかげで少しずつですが活動範囲を広げることができました。
小学校訪問、図書館や老人ホームでのクッキングイベント、茶道・書道イベント、ノーザン州立大学での映画鑑賞会、ユーチューブチャンネルの立ち上げ、動画作成、3 時間離れたスーフォールズでの刑務所訪問など沢山の活動の思い出があります。
毎回、「日本の素晴らしい文化を知れる機会をありがとう」と感謝の言葉を各方面から頂きました。その中でも最も力を入れ印象に残っている活動は学校訪問です。一番初めに訪れたモンテッソーリ・スクールは活動を始めるにあたって多くの学びとその後の活動のよい指標になりました。3 歳から5歳の子どもたちと一緒に折り紙で犬を作り、日本の伝統的なおもちゃ(コマ、けん玉、羽子板など)で一緒に遊びました。3 歳から5 歳というとまだアルファベットが読めない子どもたちが多く、身振り手振りでコミュニケーションをとりレッスンをしたことをよく覚えています。
学校訪問で心掛けていたことは、プレゼンテーションで日本の祝日や日本の学校でやるイベントを紹介し、アクティビティでプレゼンテーションに関連のあることや形が残るものを作り、家で親御さんに伝えられる授業作りをしたことです。アバディーンには5つの小学校があり、2 年間の活動ですべての学校の3 · 4 年生を中心に学校訪問をすることができました。

月に数回の学校訪問があり、初めて訪問するクラスでのプレゼンテーションでは「日本の学校生活」について話しました。通学方法の違いや、給食、掃除の時間などアメリカの学校との違いを中心に紹介しました。
また、「起立·礼・着席」を紹介し授業の前後で一緒にやってみたりしました。特に嬉しかったことは、子どもたちが「起立・礼・着席」を気に入って継続してくれたクラスがあったことです。
アクティビティではプチ運動会や子どもたちの名前をカタカナで教えオリジナルの本のしおり作り、節分の鬼のマスク作り、お箸チャレンジなどを行いました。特に好評だったアクティビティのお箸チャレンジでは、ほとんどの子どもたちが箸を使うことが初めてで、最初はうまく使えなかったものの、練習を重ねて、物をつかめるようになった時の子どもたちの笑顔は今でも忘れられません。
色々なアクティビティを行いましたが、毎回子どもたちの想像力と好奇心、チャレンジ精神に感銘を受けました。パンデミックという未曽有の状況になってしまった後も、YMCA とノーザン州立大学の同僚に協力してもらいながら、子どもたちとの交流をオンラインで約 1年続けました。
オンライン授業開始初期は子どもたちの反応が見えづらく、折り紙などの手元で行うアクティビティに難しさを感じた時期もありました。
しかし、回を重ねることに私も言葉選び、カメラアングルなどを工夫し、できるだけオンラインでもわかりやすい授業作りを心掛け、担当者の方から「子どもたちが本当に楽しんで新しい文化に触れている姿を見られて嬉しい。本当にありがとう。」と最後に嬉しいお言葉を頂きました。
さらに、日本からの活動に切り替わった際は、スーパーバイザーの紹介で小学校、高校のクラスでアウトリーチを行う機会もありました。ある日突然スーパーバイザーから日本の自宅に小包が届き、中に小学生からの感謝の手紙が入っていた時はJOIの活動をやっていてよかったと思いました。

パンデミックで思うように活動ができない時期が長かったですが、その分、今自分ができることを試行錯誤しながら模索し、 2年間の任期を終えた今、人として強く成長できました。
また、活動中のサポートから再渡米まで、関係者の皆様のご尽力に感謝いたします。

 

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末松 大輝 Daiki Suematsu
第18期 ジャクソン/ジャクソン州立大学
ミシシッピ州
大阪市出身。中学生時代に参加したボランティアで、国際交流に関心を持つ。大学では生物学を専攻していたものの、言語、異文化理解、教育への関心が強く、国際関係専攻に転入。教育分野に携わりたいとの想いがあったが、まず民間企業で経験を積みたいと考え、神戸、浜松で法人営業に従事する。日本のことを世界に発信すると共に、将来、国際理解を深める教育を行う為の第一歩として、JOIプログラムに応募。

日本とミシシッピ州を結ぶ

「ミシシッピ州?川があるところ?」初めて派遣先を聞いた時、私の唯一知っていた情報は、ミシシッピ川という名前だけでした。

そんな場所で 2 年間を過こした今、ミシシッピ州ジャクソンは、自分が生まれた大阪に次いで世界で2 番目に親しみのある場所となりました。

派遣された当初、まだ2年間を過ごす滞在先が決まっておらず、ホームステイをして1ヵ月間を過こしました。家には親と同世代のご夫婦、猫、犬、そして広い庭にはお父さんが飼育している十数頭の馬がいました。
また、庭の池に野生のワニが生息していたことは、ミシシッピで初めてのカルチャーショックだったと思います。滞在初日はお母さんが出張でおらず、まだ耳が英語に慣れていない中、お父さんとなんとか会話したことを覚えています。彼らはとても優しく、本当の家族のように自分に接してくれました。
1ヵ月が過ぎ、アパートに引っ越してからも「自分の家だと思っていつでも来ていいよ」と家の鍵を渡してくれたので、休みの日にはよく帰りました。 ミシシッピ州で快適な生活ができたのは、彼らと、派遣先の大学のスーパーバイザーのおかげです。
彼は私が車を買うまでの期間、毎日往復 2 時間かけて職場(大学)へ送り迎えをしてくれました。彼が上司として、また親しい友人として、私が活動を行う中で沢山のアドバイスやサポートを与えてくれたことに、心から感謝しています。

私の派遣された大学は、JOIプログラムとして初のHistorically Black Colleges and Universitiesと呼ばれる歴史的黒人大学の1つです。始めの頃は大学内で運営されている Kids Kollege (小学生の為の放課後学級のような場所)と地域の小学校で活動し、また大学内に日本語クラスも開設しました。
Kids Kollege や地域の小学校では、日本文化に関するプレゼンや折り紙、お箸を使ったゲームなどを行いました。いくつかの小学校に行って感じたのは、日本と違い、小学校ことにまったく特色が異なるということです。
ただ、好奇心旺盛であることはどこの子どもたちも変わらず、プレゼンでは毎回多くの質問をもらい、またアクティビティにはどの子も楽しそうに参加してくれたので、とてもやりがいを感じることができました。日本語クラス開設時は、まず生徒募集の為に、新入生歓迎イベントにブースを出しました。
イベント会場ではDJが音楽を流していて、ブースの横で在学生たちが輪を作って踊っていました。私も踊ることが好きで、その場でリズムに乗っていると、在学生の1 人が私を輪の中に誘ってくれたので輪の中心で踊りました。それをきっかけに、多くの学生が私の日本語クラスにも関心を持ち、サインアップしてくれた為、勧誘は大成功に終わりました。

この2年間を振り返る中で、渡米から半年程して起こったパンデミックは良くも悪くも大きな転機となりました。子どもたちと直接会えなくなったことやコミュニティの人たちとの交流を広げることができなくなったことは大変残念でした。
しかし代わりに、オンラインでの活動の方法や多くのテクノロジーを学ぶ機会となったことは、大きな財産になりました。オンラインでは、バーチャルでの日本旅行や日本独特のマスクの使い方、ビジネスマナーについてのプレゼン、日本に関するトリビアクイズイベントや日本のパーティーゲームを体験してもらうなど色々なことを企画しました。
また、日本語クラスもオンラインで継続しました。多種多様なアプリやウェブサイトを活用することで、オンラインの活動でも充実した内容を提供できたと感じています。 この2年間で最も大きな成果は、ミシシッピ州でおそらく初となるミシシッピ日本祭りの企画・開催です。
ルイジアナ、テネシー、フロリダ、ワシントン、ニューヨークなどの遠く離れた場所から、太鼓やけん玉、剣道、居合道、日本舞踊、茶道などのパフォーマーに参加してもらい、浴衣の試着体験やスーパーボールすくいなど沢山のブースを準備した結果、約1,600 人もの人達が来場して下さいました。地元のテレビ局が取材に来ただけでなく、多くの参加者から「素晴らしいイベントですね」「来年もありますか?」「開催してくれてありがとう」といった嬉しいフィードバックを聞くことができ、大きな達成感と一生忘れられない思い出を得ることができました。

ミシシッピ州在住の日本人はとても少なく、日本文化に触れる機会は滅多にありません。しか し、JOIの活動を通じて多くの人が日本文化に関心を持って下さいました。「日本に行ってみたい」と言って下さった人たちも沢山います。
また同時に、活動を通じて私自身も日本の良さを再認識することができました。今後は日本の子どもたちに ミシシッピやアメリカのことを知ってもらい、双 方が関心を持って交流を広げていけるよう貢献していきたいです。素晴らしい2年間を本当にありがとうございました。

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平下 真衣 Mai Hirashita
第18期 ボーリンググリーン/ボーリンググリーン州立大学
オハイオ州
高校在学時、ドイツでのホームステイをきっかけに国際交流に興味を持つ。大学では国際学部に所属し、米国ネプラスカ州で2 学期間の留学を経験する。卒業後、英語指導スタッフ・保存従事者として子どもたちと関わる傍ら、留学以来抱いていた日本と米国のかけ橋になる仕事がしたいという想いを叶えるため、JOIに応募。

また会う日まで

“Ohayō in Ohio!”「オハイオ」が「おはよう」の響きに似ていることから、そのような楽しい声掛けをもらうことが何度かありました。オハイオ州はアメリカ中西部の中でも北東に位置し、五大湖の 1つであるエリー湖に面しています。その北西部にある人口約3 万人のボーリンググリーン市にボーリンググリーン州立大学(BGSU) があります。
BGSUには副専攻としてJapaneseがあり、交換留学や日本での夏期講習、平和研修など日本に関するプログラムが充実している大学です。私はそこで、スーパーバイザーの川野朗子先生ととも にJapanese Programの促進やコミュニティヘのアウトリーチを行いました。キャンパス内に建つ鮮やかなオレンジ色の「BGSU」のオブジェを見たとき、ここが私の新しい居場所になるのだなと実感したことを今でも鮮明に覚えています。

キャンパス内での活動が多かった私ですが、コミュニティでの活動で特に思い出深いものが2つあります。その1つがカフェでの書道ワークショップです。そのカフェは、赴任当初から個人的によく通っていたお気に入りのブックカフェでした。幼いころから書道に親しんできたこともあり、書道の魅力を知ってもらいたいと思って企画したのがそのワークショップです。1年目の2月から3月に開催した計4 回のワークショップで、毎回新たなスキルを学べるよう工夫しました。参加者が書道に真摯に取り組む姿をみて感動したことを覚えています。最終回はコロナの影響でキャンセルになり、それ以来参加者と再会する機会はありませんでしたが、帰国直前にカフェを訪れることができました。スタッフの方から「とてもいいワークショップだったよ」と声をかけられ、時間が経った今もそう思ってくれている人がいると思うと感激しました。参加者の心にも残るワークショップだったのであれば・・・と今でも思い返します。
もう1つはブルワリーの屋外スペースで開催した七夕イベントです。コロナで年半ほどオンライン活動しかできなかったのですが、再派遣が叶った後、JOIの活動として最後にできた対面イベントでした。
イベントの1週間前から笹の葉を飾らせてもらい、当日来られない人も願い事を書いた短冊を飾れるようにしました。イベント当日は雨の予報で開催方法の変更を検討していましたが、準備直前に雨があがり、奇跡のようだと川野先生と喜んだことを思い出します。
短冊は1週間で121枚集まり、1時間半のイベントの間に80人ほどの方が来てくれました。参加のために足を運んでくれた方々だけでなく、偶然その場にいて声を掛けた人からも「参加させてくれてありがとう」とお礼の言葉をもらい、とても感慨深い気持ちになりました。たまたまそこにいたという偶然かもしれませんが、その一度の出会いによって生まれるものがあるのだと感じました。
2年目の終わりでしたが、出会いが国際交流のきっかけになり、その出会いをつくることができるのがJOIコーディネーターなのだと再認識したイベントになりました。

2年目はコロナによって環境や活動が一気に変わり、私の中でどのような活動がしたいかを新たに考える機会となりました。
コロナ禍で人と対面する機会が減り、ネガティブな空気を感じやすくなる中、ただ日米交流を促進するだけではなく、人と人との心の距離を近づけ、活動という形で何か楽しい時間を提供できないかと思うようになりました。その想いが少しでも叶ったと感じたのが図書館と共催したZoomでの折り紙ライブです。
月に1度のライブで、1年目の終わりから1年間毎月行いました。毎回来てくれた方がほとんどで、最後には参加者の顔と名前が分かるようになっていました。折り紙が好きになり折り紙セットを購入したというご家族や、お孫さんたちに作った折り紙を送ったというご夫婦・・・参加者の方々の声から活動を楽しんでもらえたというだけでなく、活動外でも輪が広がっているのだと感じることができ、とても嬉しく思いました。
最初は楽しい時間を「提供したい」という思いでしたが、そのライブを通して楽しいを「共有する」ことが絆になっていくのだと気づきました。

参加者との絆や輪の広がりを自ら直に実感できるほど参加者と近い距離で活動できるのが 草の根交流の魅力だと感じた2年間でした。コロナで世界中が予期せぬ事態に直面することになった中で、JOIコーディネーターとしてこの2年間BGSUで活動できたことをとても幸運に思います。
BGSUの学生で賑わうキャンパスやのどかなダウンタウン、すべてが愛おしく、ボーリンググリーンが私のもうひとつの居場所になったことを心から嬉しく思います。川野先生をはじめBGSUの学生や同僚、友人や活動を通して出会った方々、そしてJOIのスタッフの方々・・・みなさんのあたたかいサポートと心遣いがあったからこそ、この2年間笑顔で過こすことができました。また顔を合わせてお礼を伝えることができる日まで、感謝の想いを胸にこれからも過こしていこうと思います。。

 

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南 陽子 Yoko Minami
第18期 リビングストーン/ウエストアラバマ大学
アラバマ州
福岡県出身。幼い頃から外国に興味があり、大学では英語を専攻し、オーストラリアでの留学を経験。その際に外国人に日本語、日本文化を伝える楽しさとやりがいを感じる。またニュージーランドやスイスに旅行し、海外で日本を発信し、国際的に活躍したいと思うようになり、JOI への応募を決意。

色々な経験ができた貴重な2年間

大学を卒業したての頃、この JOIプログラムに出会いました。その頃の私は社会人経験もなく、日本での運転経験もありませんでした。
合格通知をいただいたときは、喜びと同時にそれ以上の不安も込み上げてきました。
そして、埼玉で行われた渡米前の研修で自分の派遣地がアラバマ州と聞かされたときは、アラバマ州の位置も、名前すらも知りませんでした。なので、出発前はたくさんの不安と心配でいっぱいでしたが、選ばれたからにはやるしかない、という気持ちで日本を発ちました。

ウエストアラバマ大学での活動

私が派遣されたウエストアラバマ大学は、リビングストーンという小さな街にある、学生数 約1,500名の小規模な大学です。ほとんどの学生が、白人か黒人で、日本人どころかアジア人の生徒はほぼいませんでした。
海外との国際交流はありましたが、規模は小さく、日本との交換留学制度も 2018 年からのスタートで、日本との交流などはほぼありませんでした。
大学での活動は主に、月1、2回のワークショップや月1回の初級の日本語のレッスン、そして週1回の日本の歴史の授業のサポート、さらにオフィスでの事務作業のサポートなどもしていました。ワークショップでは習字、茶道、折り紙、日本の行事、日本の踊りなどをプレゼンテーションで紹介し、そのトピックに合わせてアクティビティの時間を設けていました。
初めての頃は、学生たちが興味を持って参加してくれるかとても心配でしたが、意外にもたくさんの学生たちが来てくれました。ワークショップや日本語の授業をするにつれて、学生たちが日本に対しての興味や関心を持ってくれて、ある学生は日本へ旅行してみたい、そしてまたある学生は日本へ留学してみたいと私に伝えてくれました。私のワークショップなどを通して、彼らが日本へ行きたいというきっかけを作ることができ、JOIコーディネーターとしての役割が果たせて嬉しかったです。

チャータースクールでの出来事

私は学生対象の活動と並行して、大学内にあるチャータースクールでも週1回活動していました。チャータースクールには、幼稚園児から中学3 年生までの生徒たちがいて、毎週   違う学年に向けてアウトリーチをしていました。主に、折り紙、遊び、踊り、歌などを教えました。
大学と同様に、チャータースクールでも日本との交流はほとんどありませんでした。活動中に日本について知っていることを尋ねると、ほとんどの子どもが「ピカチュウ、ポケモン」と答え、それ以外は何も知りませんでした。
活動を始めたころは、興味を持ってくれない子などがいて、挫折しかけていました。
しかし、ある日チャータースクールに向かっている途中、スクールの前で以前日本のある歌を教えたクラスの子どもたちに会いました。すると、私を見て、彼らから私の名前を呼び、教えた歌を歌ってくれました。 最初はびっくりしましたが、歌ってくれたことが本当に嬉しくて、挫折しかけていた私の気持ちも前向きになり、もっと日本のことを知ってもらいたいという意欲が溢れてきました。
また、別の日には、活動後にたくさんの子どもたちが「ありがとうって日本語で何て言うの?」「次はいつ来てくれるの?次は何をするの?」と言ってくれました。チャータースクールでの活動は、私を何度も幸せな気持ちにさせてくれたかけがえのない活動となりました。

アラバマ州の 5都市を車で訪問

月に1回ほどアラバマ州にある様々な都市を活動のため訪問しました。車の運転がとても心配でしたが、練習するうちに不安も消え、遠方への運転が楽しくなっていきました。
訪れた都市は、タスカルーサ、バーミンガム、ハンツビル、モントゴメリー、モービルです。主にそれらの都市では、17 期コーディネーターの森愛莉さんと一緒に回って活動をしました。インターナショナルフェスティバルの日本ブースのボランティアやソーラン節の披露、日本食の提供、日本文化のワークショップ、日本のビジネスに関するプレゼンテーションなどをしました。
特に印象に残っていることは、ハンツビルやモービルでのフェスティバルでソーラン節を披露したことです。たくさんの人が見ている中、 緊張しましたが、ソーラン節を踊ることで日本のことを知ってもらうことができ、とても素晴らしい機会になりました。
17 期の森さんにたくさんお誘いしていただいて本当に感謝です。アラバマ州のたくさんの都市を訪れ、違う景色を見て、たくさんの人と交流し、アウトリーチができた思い出は私の宝物です。2 年間の活動で私にとって一番楽しかった活動となりました。

滞在中に発生したコロナの影響で、オンラインでの活動を余儀なくされましたが、Zoomでのプレゼンテーションやワークショップ、大学内の日本庭園の企画・運営などを行いました。
この2年間は良いことも困難なこともたくさんありましたが、本当にJOIの活動が無事にできて良かったです。最後になりましたが、このJOIプログラムを通してお会いした全ての皆様に心から御礼申し上げます。

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