コーディネーター
インタビューCoordinator Interview

ホーム参加者の声コーディネーターのインタビュー岩田 千江子
My JOI Story
第13期 2014年8月~2016年7月
ミシシッピ州 / スタークヴィル/ ミシシッピー州立大学

岩田 千江子さん

国際交流活動のきっかけ

JOIプログラム参加前は、小学校受験のための幼児スクールで10年近く英語を教えたり、高校生の留学生やホストファミリーのサポートをするボランティアをしたりしていました。もっと以前には、留学生のホストファミリーになるなどの国際交流活動を行ったこともあります。

今も趣味として続けている茶道や華道は、私が高校生の時にアメリカに留学するタイミングで習い始めました。留学斡旋団体の方から、「お茶やお花をやっていたほうがいい」と言われて、近所の先生に習いに行きました。ほかにも日本舞踊や着付けも習い、着物は自分で着ることができますが、日本舞踊は全くできません。それでも、当時の留学前に準備してから行って、良かったと思っています。16歳という多感な時期の経験が、その後の国際交流活動やJOIプログラム参加に大きく影響していると思います。

日本語教師を目指す中でJOIに出会う

自分の子どもが留学する年齢になった時、自分の中にずっとあった国際交流への関心が再燃しました。何かできることはないかと考え、海外で日本語教師になろうと思いました。
日本語教育の学校に行き始めたところ、学校にJOIプログラムのパンフレットがあり、そこで初めてJOIのことを知りました。パンフレットを読み、ホームページを見て詳しく調べていくうちに、「これが私のやりたかったことだ!」と思い、応募しました。

育ててもらったアメリカに恩返しを

学生時代の留学は1年間という短い期間でしたが、山あり谷ありで十分な経験になり、「自分の学び」としては完結していました。JOIプログラムの目的は、学びではなく、日本のファンを増やすことです。そういった意味で、1年間ではなく2年間という派遣期間には大変惹かれました。より多くの人に、季節ごとの日本の行事や文化を伝えられると思ったからです。

また、人気の高い東海岸や西海岸ではなく、南部に派遣される可能性が高いという点も魅力的でした。南部について何も知らなかったけれど、知らないことを知るのはとても嬉しいことです。家で地図を広げて、「ミシシッピ州はどこ?」「アラバマ州はどこ?」と、とてもわくわくしました。

留学などでアメリカには何回も訪れているため、「自分はアメリカに育ててもらった」という思いがあります。大げさですが恩返しとして、日本になじみのない地域で、これまで私がやってきたことを活かし、日本のことを知ってくれる人が一人でも増えたら嬉しいなと思いました。

「ジャイアント・マップ・オブ・アジア」の活動

JOIプログラムの活動では、「ジャイアント・マップ・オブ・アジア」での活動がとても印象に残っています。
それはナショナル・ジオグラフィックによるプログラムで、ライブラリーの半分くらいもある巨大な地図を持って、主に退職した地理の先生たちが1カ月にわたり州全域の小中学校を訪問します。たまたまその年の地図はアジアだったので、日本人の私がいると知った先生から声を掛けてもらい、そのツアーに同行しました。

先生方が地図を使ってアジアの場所や文化を紹介し、私は日本のことを、日本の地図上に立って紹介しました。この活動を通じて、自分が担当する地域の小中学校とは別に、アウトリーチ先を広げることができました。接点のない学校がたくさんあったので、とても大切な活動になりました。

折り紙で伝えた「協力して一つのものを作る」こと

もう一つ印象的だった活動は、学校訪問で行った折り紙のワークショップです。二度目に訪問する際、学校の先生から「次は違う方法でやりたい」と言われました。早く作ることを競うのではなく、チームで協力して一つのものを作るようにしてほしいと依頼されたのです。そこで、私はいろいろなパーツを組み重ねて立方体にする折り紙を提案しました。

実際にやってみると、子どもたちは「そこじゃないよ、こうだよ」と言いながら、お互いに助け合って作っていました。早いチームもあれば、遅いチームもある。けれども、みんなが協力し合っていたのです。それを見た先生から「折り紙は素晴らしいね。数学的なものだけでなく、協力して一つのものを作る経験ができる」と言われました。私にとって、学びのある体験でした。

JOIプログラムが終了してからもミシシッピ州には何度か遊びに行き、私が訪問したその学校にも立ち寄りました。当時の先生がまだいて、ワークショップで作った立方体の折り紙が置いてありました。先生はその折り紙を見て、「協力し合うことは大切で、あのような指導が大事だと自分に言い聞かせている」と話してくれました。私がいなくなった後も、まいた種に芽が出て、花が咲いてくれていることが、とても嬉しかったです。

大切なのは日本に興味を持ってもらうこと

着任してすぐに依頼されたお茶会の活動にも、学びがありました。抹茶は本来、時間をかけ、一人ずつ茶筅で点てて差し上げるものです。しかし、日本人がいない現地の人はそれを知らないために、参加者が200人というむちゃな企画になっていました。相談できる人がおらずとても困っていたところ、現地の方から「ペットボトルに抹茶を入れてシェイクすればいいじゃない」と言われたのです。「なんて乱暴なやり方…」と思いはしたものの、家に帰ってから抹茶の濃さやシェイクの仕方を試すうちに、伝統的な日本文化の様式や方法にこだわり過ぎず、その場に合わせることも大切なのではないかと思えてきました。

日本のお茶を少しでも多くの人に知ってもらい、良さを分かってもらうことの方が大事で、それが目的だと思えるようになったのです。イベント当日は、茶筅を使うデモンストレーションもしましたが、200人分の抹茶は、ペットボトルでシェイクして用意することにしました。結果は大成功。多くの人に楽しんでいただくことができました。

過去にミシシッピ州に派遣されたJOIプログラムの先輩に、活動について相談した時、「100%でなくていい。嘘であってはいけないけれど、50%でも40%でもいい。」とアドバイスされました。その言葉は、とても心に響きました。大切なのは興味を持ってもらうことであり、それが目的なのだと気づいてからは、いつもこの言葉を思い出しながら活動していました。

JOI終了後の「宿題」

JOIの活動を進める中で、戦後間もない頃にミシシッピ州と東京の小学校が、児童画の交換を通じて交流を行っていたことを知りました。その絵はミシシッピ州で大切に保管されていました。私は今、その絵を日本に持ち帰って、展示会などを通じて「このような交流があった」ということを、平和教育のヒントとして紹介する機会を作りたいと思っています。この、戦後のミシシッピ州との交流を日本に紹介することは自分にとっての「宿題」です。絵の保存をしてくれた先生は既に亡くなり、当時子どもだった人たちも歳を取ってきているので、なんとかして実現を図りたいと思っています。いつでも「宿題」があると、わくわくするでしょう?

今は、JOIでの経験を活かし、在日外国人のために働いています。その他にも自分の生きがいでもある国際交流活動として、帰国後に、日本の子どもたちがミシシッピ州で楽器を演奏する交流活動に協力しました。JOIプログラムをきっかけにできたつながりや人脈が活きていると感じます。

わくわくした気持ちに沿った生き方がおすすめ

JOIプログラムへの応募を考えている人の中には、仕事を辞めることになるためプログラム終了後について不安に感じる人がいると思います。ですが、わくわくするのなら仕事を辞めてでも、自分の気持ちに従ってほしいと思います。わくわくすることが分かっていれば、帰国後に勉強し直したり、新しい分野の仕事に出会ったり、いくらでもチャンスはあるはずです。

いろいろと頭で考えて不安になることはあるでしょう。しかし、思い切ったことをやったと思っても、良い意味でも悪い意味でも、人生にとってはそれほどたいしたことにはならないものです。だから、自分の気持ちに沿った生き方がいいと思います。特に若い人にはぜひ、わくわくするほうに進んでほしいと思います。